お茶碗サイズ。
今日は、仕事でお客様と打ち合わせをしてきました。
出席者は、お客様と私と私の同僚の3名。
私とお客様が会うのは今日で2回目。対して同僚は、お客様とは何度も一緒に仕事をした仲。なので、おおよその予想はしていたのですが、予想は的中し、私はまるで空気の様でした。
そう、お客様は私とは話しをしてくれないのです。目も合わせてくれません。まるで、私はそこにいないような感じ。
子供の頃に友達に無視された時と同じ感覚がよみがってきました。
あげくには、次回の打ち合わせに私は出席しなくていいよと言われる始末。
何がいけなかったのか、何か失礼な事をしてしまったのか、考えても考えても答えは出ません。
今まで、お客様とお会いしてお話することに抵抗はありませんでした。むしろ得意な方だと自負していました。そんな私なので、今日の出来事は本当にショックです。
今まで色々とクセのあるお客様だと噂は聴いていましたが、まさか自分がこんな思いをするとは思っていませんでした。
立場的には、同僚よりも上の立場で出席したため、前半は積極的にお客様とコミュニケーションをとる事を心掛けていましたが、途中で心が折れてしまいました。
正直もう二度と会いたくないし、一緒に仕事はごめんだと思っています。
話は変わりますが、最近ワタナベ薫さんの音声プログラム「GreatHumanity」を聴いています。その中でいかに他人の価値観を受け入れ、またスルーし器の大きな人になるかを説かれている回があります。
今日の出来事でもわかりますが、私の今の器はお茶碗くらいです。よく同僚からは「優しいよね」と言われますが、それは誤解です。ただただ自分が納得できないものを口いっぱいに詰め込んでいるだけなのです。そうやって、むりやり自分をごまかし、相手にも「自分の考えを受け入れてもらえた」と誤解させているだけなのです。
決して、受け入れているのでもなく、上手にスルーしているのでもない。器の小さな私です。だから、ある日限界がくる。もう口の中はいっぱいいっぱい。これ以上飲み込んだフリができない。だから、自分の感情も分からなくなるほどボロボロになって、人生をリタイヤしてしまいたくなるほど自分を追い詰めてしまう。
今日の出来事も、上手にスルーしていないです。だからと言って飲み込みたくもない。やっぱり、上手にスルー出来る人になりたい。器の大きな人になりたい。そう思います。
改めてそう思うきっかけをくれた今日の出来事に少しだけ感謝して1日を終わりたいと思います。